2008年、終わりと始まり

大晦日、午前2時です。

日本ではもう午後3時、そばを打ち始めているころかしら?

今年はなんとも素敵な出会いにあふれた年でした。

私は親の転勤の事情によってアメリカに居着いてしまいましたが、日本人ですから、日本の医療、看護に関われて、こんな嬉しいことはありません。

また、日本は欧米式を取り入れるだけでなく、日本だから、日本人らしいからこそ、患者さんに提供できる細やかな、そして均一な質のケアがあると信じています。

日本の新聞にも朝日、読売、産経、東京と、NPやPAのことが載り、医療への注目は増しています。
(記事のコピーの欲しい方は、メールしてください。)

そのような記事を見てよく思うのは、権利と対に来る、責任ということ。

医療従事者は診察する権利がある。人の命を直接動かす立場にいることができる。それと共に、患者ができるだけいい診察を受けられるよう、勉強したり、ほかの医療従事者とスムースに協力して、ケアを提供するのは、オプション(選択)ではない、責任である。

日本の国民は、医療を受けられる権利がある。(国連の人権宣言と違って、アメリカでは医療は権利ではない。)
しかも、他国と比べて安く、質の高い医療へアクセスできることが多い。
それとともに、対価(税金)は払わなくてはいけない。保険料は払われなければいけない。そして、医療に対して何を求めているかを、声を大にしてきちんと政府に伝えなければいけない。

求めているのは治療か?
早期発見の検査へのアクセスか?
生活の質か?
精神と身体を共に癒すことか?
最後までありとあらゆる手段で病気と戦うことか?
それとも、最期の数日か数週間を自宅で過ごすことか?

看護師の職権拡大が叫ばれる今、職権とともに訪れる巨大な責任を、看護師はしっかりと立って受け止めなければいけないだろう。
それだけの準備をしたんだから。それだけの能力はその手に培ってきたのだから。
目を見開いて、権利と責任の両方に備えなければいけない。

皆様、今年はお世話になりました。

来年も、より多くの人が、より気分よく生き、納得した死に方をできるように、協力してがんばりましょう。


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