NPは養成所で促進栽培がいいか?修士教育が必要か?

(shio)
2008-10-26 17:10:40
ご無沙汰しております。先日、愛知医科大学で行われた、ケースウェスタンリザーブ大学の先生を招いて行われた講演会に参加してきました。そこでは主にアメリカでのNPの歴史やACNP養成に関しての話がありました。

愛知医科大学ではフライトナースが活躍していることが有名です。
もしかすると、急性期NP教育に関して、今後考えているのかもしれません。

ところで、PAの歴史に関してよく分かりやすい年表ですね。
NPに関しても、1960年代にNP(呼び方には色々なものがあったとか)が教育され始めたことなどが講演会でも話されていましたが、少しややこしいように思いました。1960年代には大学院ではない養成所での教育が主であったようですね。
確かに医師不足という観点からNPやPAの誕生が促進されたというのであれば、大学院で2年かけて養成するのではなく、養成所での促進栽培が必要なように感じます。

ところで、緒方先生にご意見をいただきたいのですが、先生から見て今後の日本でのNP養成は
大学院でのコース修了が必須と考えますか?
それとも、大学院修士(NPコースでない)をすでに既修の方が、養成所での1年程度のプログラムで取得するようなコースができると考えますか?

僕の周囲ですでに大学院を修了しているかたが、NPに関心をもっていたりもしますが、よく意見を求められます。
アメリカでのNP養成の歴史を自分の調べた範囲で考えると、そのような道も考えうると思いましたが、日本という社会の特性を考えると、医師側も国民からもNP要請コースとして、少なくとも2年かけて大学院で教育しなければ、納得されないようにも思います。

このあたりについての展望を緒方先生の先見性あるご意見をいただきたいです。

どう思われますか?
******


というコメントをいただきました(有難うございます)。
私の先見性のあるなしはおいといて…確かにおっしゃるとおり、アメリカでは最初はNPは修士ではありませんでした。とはいっても、数ヶ月の短期養成コースでもなく、1-2年間の、認定コースだったようです。(このへんの事情は、最近引退したVIENS先生に、来月お会いして聞くことになっています。その結果も載せますね)

私の個人的な意見では、短期の認定コースにすることは一抹の不安があります。なぜなら、そのようなコースが一気にあちこちにできたら、質が落ちるかもしれないからです。

今日聞いたニュースですが、ペルーでは、教師不足のためにひと昔多くの教員を大量生産しましたが、そのために教師の質、そして評判が落ち、「ばかでも教師ならなれる、という、いまや尊敬もされない職業になってしまった」そうです。それをなおすために、週末用の教員教育講座を作って、政府が教員全員に通わせることにしたが、給料をその間出す予算がない・・・というような話でした。
大量生産で、質の悪い看護師やNPができては、誰の役にも立たないのです。
患者さんに質のいい医療を提供しようという本来の目的からもはずれます。

しかし、短期のコースが作られた背景に、DEDICATEDな医師、看護師などがいて、少数精鋭で、本当に優秀な(しかも経験の長い)看護師さんを、ていねいに教育する、というシステムであれば、可能だし、すごくうまくいくのではないでしょうか。この場合、「ファミリーNP」など、守備範囲の広いNPになる訓練をするには時間が足りませんが、「急性期NP」「精神科NP」など、比較的臨床の対象の幅がせまい専門のNPならば、例えば1年のコースでも足りるのではないでしょうか。

ただし、いずれは学位も整えたコースのみにしたほうがいいと思います。修士号、と設定することで、学校が違っても同じ最低限の教育の質を保つことができますし、やはり、2年間で学ぶ知識の深さというのは1年や半年とは比べ物にならないと個人的に思うので。自分の学んだことを振り返ると、二年でもぎゅうぎゅうづめに勉強したのに、とても一年では学べないだろうなと思います。

CNSなど、NP以外の大学院修士の人に、NPになれる1年間のコースを作ったら?との意見には、賛成です。CNSの人たちの知識の深さは、ぜひ活用されるべきですし、もしCNSとして活用されていない感じる人がいれば、NPになって、処方権などを獲得することでより活躍しやすくなることもあるでしょう。ただし、CNSとNPの教育内容は違うので、CNSの人がそのままNPの国家試験を受けて・・・というのでは、やはり知識度にばらつきが出るので良くないような気がします。
ただ、これを日本でやろうとする場合、CNSの数自体が200人代ということですから、そのためにわざわざコースを作るのは人が集まるかしら?という心配もありますね。

みなさんは、どう思われますか。

Comments

Unknown

愛知学院ですか、生まれ故郷だ。。。とおもったら書き始めていました。
私はNPという壁があまりにも日本でも厚いかもしれない、といま現実的にことを考え直したりしている最中です。
ACNPは大変幅が広いですが、私が知っている限りでもホスピタリスととしてありとあらゆる入院患者を扱っているひとや、
ERにつとめていたり、ヘリ,ジェット搬送を専門にしていたり、そうかといえば、糖尿のクリニックではたらいていたり、CHFクリニックもですね、それから心臓カテを医師と一緒にしていたり、心臓バイパスのオペなどで心臓外科医のアシスタントとして,開胸も必要ならできるひととか、ありとあらゆるICUでの回診もしていますし、文献をしらべたら、もっと使い道がでてくるとおもいます。90年代にACNPは広がりました。でも実は急性期NPの発端は新生児集中治療NPから始まりました。当時は臨床6ー9ヶ月で、主に、業務の拡大に重点がおかれ、診断をして治療を考えてゆく範囲はいまほど時間をかけていないプログラムでしたよ。歴史好きな私はこのあたり、いつもほじくっています。いまでいう、新生児集中治療ではない、急性期NPは学院教育が確立されてからできているので、どこも楽員教育です。ケースウェスタンの方たちのおっしゃっていた養成所というのは、おそらく訳が微妙にちがうとおもいますが、現場での臨床を数ヶ月しながら、病院ベースのコースをとっていたのが初期の認定せいどでしたよ。つまり病院自体が養成所となり、医師が先生であり、病理も本や、医師からの講義でその病院で必要なことをまなんだということで、
他の州へうつったり、他の病院へうつったりするときに、おなrじプラクティショナーだといっても訓練内容がちがうため、これはこまったということになりました。おそらくクリニシャンという呼び名でよばれていたこともあると、御聞きになったと思います。プラクティショナーとよぶ事に看護団体が反対をしめしました。医師的要素を含んでいる様に聞こえるからです。さらに初期のプラクティショナーコース内容は、大学院レベルのクリニカルナーススペシャリストなどの看護の修士にはそぐわないないという意見がつよく、NP教育が大学院教育にすぐにならなかったという経緯もあります。小児、新生児NPは大学院教育確立におおきな 貢献をして来たと思います。
先ほどもお話ししましたが、最初は業務に重きがおかれ、医師のような業務をするナースということでした。でも、時期に教えたら、考える事ができ、判断をすることも当時のクリニシャンは出来る、また,やりたい、と双方が合意したかんじでだんだん診断治療の訓練がひろがり、学院の教育として統一されたころには、40単位ほどの大学院教育でそのなかにレジデンシーが含まれる様になりました。
つまり日本で業務拡大だけを推してゆき、裁量権をあまり拡大しないのなら、大学院教育を必要としないタイプの拡大看護業務がうまれるかもしれません。患者のためになり、
看護価値を薄めてしまわないのならそれでもいいのかもしれません。たとえば、イギリスや他の国は新生児集中治療NPは大学院講座になっていないところは多々あります。ながくなりました。

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