「和」のこころによる看護

これは私事になりますが、今日の午後は(やっと!)空いていたので、祖父ふたりのお見舞いを梯子し、妹とスーパーに行って日本食品を買いだめ、家族で食事をしました。

母方の祖父は元代々木の開業医でしたが、アルツハイマーがかなり進んで数年前から私のことも認知できません。言葉もいまや、短い言葉をつなぎあわせて文が言える程度です。それでも榊原先生に20年前手術していただいた心臓はいまでも元気で、足腰もとても丈夫のようです。

今日は、ホームを出て駐車場をゆっくりと一緒に散歩したのですが、途中でふと横を見た時の祖父の背中の小ささに、涙が出てきて止まらなくなってしまいました。以前祖父の前で泣いたときは祖父は多分「悲しさ」も認識できずにこにことしていたのですが、今日は急に心配したような怒ったような顔で私の顔をのぞきこんで、
「おれは大したことねえ。 ・・・別れは別れだからな。」

言葉の意味ではなくて、悲しみを認識してくれたことが嬉しくて、手を握ったまま、また泣いてしまいました。

そこで外に出てきたヘルパーさんが、優しい言葉をかけてくださいました。

父方の祖父は別のところにいて、呆けてはいますが私のことも分っていて、私がアメリカに住んでいるということもちゃんと知っていました。胃がんなんて嘘みたいにおみやげのシュークリームをぱくついていました。よかった。

しかし、日本のヘルパーさんは天使のように見えますね。

アメリカに来て、看護師の「優しさ」のなさにびっくりする日本人の看護師さんがいますが、私は日本に行くたびに、店員や、ウェイトレスや、宅配便のお兄さんや、ヘルパーさん、看護師さんのすばやい行動と優しい態度に毎回改めて腰を抜かします。そして、チップをもらってないのにすごい!と思います。

南裕子さんが、日本人だからできる和の看護、こころのこもった看護があるとおっしゃられたそうです。その「和」のこころを活かしつつ、高度なクリティカル・シンキングも兼ね備えた看護師、そしてNP,CNSさんなどがどんどん増えて、日本の医療の色々な分野で活躍の幅を広げていければいいですね。











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病院の看護師のサイト

日本胸部外科学会期間中にお会いした病院所属のWeb designerです。本院の看護師のサイト作成にあたってはインタビューを重ね、実情を理解してきました。心こもった看護と看護師の質の向上に日々、前向きな努力が行われているかわかると思います。また、看護という仕事に誇りをもてる医療を病院全体でも取り組んでいます。

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