オムツ10万枚支援ー国立成育医療研究センター久保先生より

独立行政法人国立成育医療研究センター、周産期診療部産科医長の久保隆彦先生から以下のメールをいただきました。転載可とのことでしたので、ここに加えます。もともと周産期医療の分野で大活躍されている、素晴らしい方なのですが、このリーダーシップには、本当に脱帽です。多くの赤ちゃんと、女性が助かったことでしょう。
久保先生へのメールは、www.teamiryou.comの「お問い合わせ」から私宛に書いていただくか、コメント欄にお願いします。

緒方さやか
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11日の大震災の時は学会で鹿児島でした。家族の安否がなかなかとれず心配しましたが、夜に全員の連絡が取れました。翌日帰京し、各種ML、厚生労働省の担当とも相談し、周産期医療の現場ではどうにかしなければならないことを実感しました。幸い、僕のネットワークから東北6県のMFICU, NICUの責任者とメールあるいは携帯で連絡がとれたことから、かれらのニーズをまとめ、要望書、要望リストを作成し、日本周産期・新生児医学会、日本産科婦人科学会の理事長の承諾を取り(その後、日本産婦人科医会、日本小児科学会からも連名希望が来て掲載しました)、彼らの名前で医政局経済課(物流の担当)課長、官邸災害対策本部に提出しました。しかし、担当課からは誰が金を払うとのとんでもないことをいわれました。少しずるいですが、以前から交流のあった政治家ルートを使い、少しプレッシャーをかけると中央行政は結構早く動きはじめました。

一方、被災県の行政は機能しておらず、福島県に至っては母体搬送・新生児搬送さえ対応されておらず、どう周産期の物流を行うかが重要な問題でした。一応、日本周産期・新生児医学会東北関東大震災対策担当理事を拝命したので、連日朝晩岩手、宮城、福島の周産期担当者と協議し、必要な物品と移送ルートの確立に奔走しました。幸いにも、宮城は東北大学まで運べば周産期の関連病院(宮城県は全て東北大学の関連病院)に移送、そこからDMATが避難所へ配送するシステムが14日には確立し、岩手は16日に同様のルートを岩手医大が確立、福島は行政が原発で動かなかったのが21日から保健所までの輸送ルートを確立してもらい、学会からトラック便をボランティアを含め東北大学に3便だしました。その間に官邸に提出した要望書で内閣府のオムツ10万枚、ミルク25000缶が僕の指定した岩手医大と東北大学にはいりました。また、岩手は日本産婦人科医会のトラックが青森、岩手医大に19日に入り、最後のエアーポケット福島には僕の計画した学会で集めた物資・医薬品などの4トントラックが21日朝届きました。一応、現在3県とも他の一般的物流が回復してきているので現状で緊急に周産期医療については十分との連絡を受けています。なぜ、周産期がこれほど迅速に対応できたかはきっと昨今の周産期医療崩壊を受けて結束していた横の連携が活きたのだと思います。インターネットの復旧、携帯電話などでもタイムリーに連絡がとれたこと、これらの情報を全て僕に一元集中し、実施することを3学会が動いてくれたことだと思います。

さて、これからは人的派遣です。19日に昭和大学の2人が石巻日赤に入り、20日には順天堂大学が宮古病院に入り、これらは全て産婦人科ですが、今後4人の派遣の継続を日本産科婦人科学会が中心となり開始しました。僕からは必要なマンパワー、アクセスなどの情報を被災地から集め担当理事と対策をたてています。

この間も母子手帳の補助券の扱い(なくても使用可、持っていれば他県でも使用可)、妊婦の受け入れ時の宿舎の提供についても担当課と協議し、うまく使用できるよう通知の作成、発行を共同でおこないました。また、原発事故で使用できなくなったあすか製薬の医薬品が全国でなくなるとの風評も立ち(チラジン、アトニンなど)、これも厚生労働省担当課にメーカーを集め対策させるなどの全国の周産期従事者の不安払拭などの業務も発生したりと大変でしたが無事対応できました。災害では何があるか分かりません。

幸い、NICUは現状でのマンパワーの依頼はなく、しかし長期戦に備えてすでにボランテイア新生児科医のwaiting listを産科医師とともに僕が集約化して作成中です。

情報社会をうまく運用することと横の繋がり、行政との関係もこういう緊急時には大切だと痛感しました。


まだまだこれからですが、初期のできる限り急がなければならない第一段階は終了したとの感があります。現場の先生方、母子のためにさらなる支援をお願いします。


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