新生児NPエッセイ:名前の重み

新生児NPとして活躍するエクランド稚子さんから、下のエッセイを投稿していただきました。
医療従事者として、家族のことに踏み込まないようにしている普段の「プロフェショナリズム」を、あえて踏み越えたことで、築かれる信頼もあるのですね。

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(以下、エクランドさん)

24時間当直を終えて帰途につく、ルイジアナの西北部にある病院から家までは80マイルのハイウェイドライブである。なぜか疲れているはずなのに
東西へ走るこのハイウェイを東へ向かって走り出すと昨日の朝とは違う色の日が昇っていた。眠気が吹っ飛んでNNPである、私があっという間に母親へと返信するかの様に 出迎えに飛び出してくる、息子の顔を思い描きながら、家へ着いたら何をしようか、などと考え始めたのである。

昨夜は面白い経験をした。夕方、産科から電話が入り、後1日で30週という母親が高血圧で、ひょっとしたら緊急で帝王切開になる可能性が高い、と連絡が入った。もう一人のNNPが忙しそうだったため、私は、インフォームドコンセントを頂くために産科のフロアへ向かった。30週という事でどんな状況になるのか、是非,話を新生児集中治療側から聞きたいという依頼が入っていたのだが、
急ではないと言われていたため、夕方院内が落ち着いてから、と思っていたのだ。血圧が180、から210へとあがってしまい、薬の効果がないというわけだ。

部屋に着くと、母親が横たわるベッドの横で陽気そうな父親が座っていた。状況がいま一つつかめず,陽気なのか、母親の心配を最小限にするために、一生見目に陽気に振る舞っているのか、といった思いがよぎる中、部屋へ入って自己紹介をし、新生児集中治療専門のNPであると語りかけ。母親がにこっと笑た。
そして,一言、今日うむことになるみたいです、と。30週の児がどのような治療を必要とする可能性があるのかを蘇生時に意識する事柄順に一つ一つ説明しながら 二人の表情を観察していた私は、あまり治療について関心が無さそうな態度を示す二人に少し心配な気分にさせられながらも、数ページあるインフォームドコンセントに一つ一つ サインをもらうと質問がないか問いかけた。関心がないわけはないが、何か気が散っている、そんな感じだった。患者さんには教育レベルも様々,経済的な背景も多様で家族の社会文化的な背景が大きくこういった状況で行動や表情に現れる事は随分見て来ているので少しづつ 吸収していってもらえばいいのだと自分に言い聞かせて 明るく対応を続けて、質問がないかをもう一度だけたずねて、NICUの準備状況をみに戻りますといった。

父親の横に座ってじっと話を聞いていた若い女性が、母親の妹という事だったが、質問があると大きな笑顔で口を開いた。“We have not decided his name, we need your opinion!” はあ?

名前が決まっていないから、そのことで聞きたい事が有るという事で一瞬なんと返答したらいいのか迷ってしまった。”We don't’ know which sounds better, Carson Myron Jones or Myron Carson Jones?? “ (プライバシー保護のために名前は多少変えてあります) 実はこれは、よくある悩みではあるのだが、ファーストネームとミドルネームの位置を決めかねている。ということである。

私の最初の答えは、“家族の大切な事に意見させてもらう資格は私はもっていないのよ“ であるが。母親、父親、母親の妹そろって、”Yes, you can help us, please, just tell us which sounds better”.
と、どちらが初めに来ると、名前としての響きがいいかと、懇願してきたのである。

初めてあまりそれまで、関心を示さなかった母親の顔に深い思いが見えて来て、私は、はっとしたのである。名前の決まって言いない息子の事をなぜか他人の様に感じていたのだろうか、名前が決まったらもっとこれからの事が現実的に感じてもらえるだろうかと。私に取ってどちらが聞こえがいいかは、躊躇する問題ではなかった。Carson Myron sounds impressive to me. I can just picture him as a grown man, signing a million dollar check as Carson Myron Jones!!!
と私は答えた。なぜとっさにそういう返事になったのかは、今もわからない。大人になって彼が、ミリオンドルのチェックを書いて、格好よくCarson Myronと、サインしている様子が目に浮かぶわ。Cから 始まって、最後をSで締めくくるまとまりのある、しゃれたサインを想像したのである。父親がルイジアナ州のフットボールチームのシャツとキャップをかぶっていた事からそういう発想になったのか、父親、母親がかなりきらきらと沢山ジュエリーをつけている方たちだったからそう思ったのか、今もよくわからないが、その私の意見をすみに座っていた。おばあさんらしい女性も含めて大拍手で聞いてくれたのである。

父親は、フットボール選手になってくれるかもしれない、とうれしそうに笑った。家族をみんな、これだけ心配させて生まれてくるからには、きっと立派になってくれるね、と家族中が盛り上がってしまったのだ。私も急いで戻らねばと思いながらもこの黒人の家族の幸せそうな雰囲気に酔いそうだった。

その日、ちょうど一時間後帝王切開で元気にカーソンは生まれて来た。バブルCPAPという呼吸管理法で鼻に、チューブを当てがって、NICUへと運ばれた。呼吸の様子を観察しながら名前を決めてしまったという重みをずっしり感じてNNPの業務としては名前つけは、初めてだったな などと、思わずに居られなかった。けれど、それが家族へは 医療ケアの一部として、大変喜ばしく受け止められたのかもしれない、複雑な物を感じた。

元気に育ってほしいと思う。いつかフットボール選手になってくれるかな。


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