「あなたは日本で汗を流しながら看護婦と一緒に働く気はあるのか?」

下のようなコメントを、匿名でいただきました。同じように考えている人もいるかもしれないので、この場を借りて、簡単に返事させていただきます。

> あなたの記事に疑問に思う事。
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> あなたはそもそも看護婦として働いた事はあるのか?看護婦のキャリアをのばすだの云々いって、看護婦を自分より下に見下している発言が気になる。たまたまNPの教育をうけたからといって、看護婦を代弁する発言をしているのはおかしくないか?
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>  あなたはすでにNPとして働ける環境が整った場所から、日本の看護婦はどうあるべきかだとこうだと口出ししている。そんなにアメリカは日本よりすぐれているのか?自分は守られた場所にありながら、他人のやり方にどうこう口出しするとは卑怯である。あなたは日本で汗を流しながら看護婦と一緒に働く気はあるのか?

なるほど、良い質問ですね。

私は親の転勤のせいでアメリカで育ち、看護学校どころか、小学校の一部と高校と大学を、アメリカの教育を受けたものです。(小学校の半分と中学は日本。)日本で看護師として働けないか、聞いてみたこともあるのですが、「日本で看護師として働きたいなら、日本の看護学校に行き直して国家資格を取ってください」と言われました。だから、免許がない私は、「日本で汗を流して」一緒に働けないんですよね。実は。

現在は、アメリカで汗を流してNPとして働いています。
決して容易い仕事ではありませんが、良き同僚と、ラテン系の患者さんに囲まれ(ニカラグアとグアテマラに住んでボランティアとして働いていたこともあるため、そこにハートの一部を置いてきました)、頑張りがいのある職場だと思っています。

また、女性としては、アメリカの方がキャリアと家族を両立しやすいように思っています(最近書いたように、それも簡単なことではありませんが)。

そんなこんなで、日本語のできない相手と結婚もしてこちらに落ち着いているし、両親も今現在はアメリカにいるし、そのために、近い将来に私が日本で看護師として働くことは、多分ないでしょう。

「卑怯」ってなんでしょう。ソマリアの飢饉にあえぐ人々がいるのに、私が朝ご飯を食べていることは卑怯でしょうか?ニカラグアの私の友人たちが、子供の学費を払えずに苦しんでいるのに、私が最後にニカラグアを訪ねたのが3年前で、ニカラグアの友人たちのことを毎日必ず考えるわけではないのは、卑怯でしょうか?親の転勤で来たくもないアメリカに連れられて来て、しょうがないや、とがむしゃらに勉強して、キャリアを持ち、依頼に応じてアメリカの制度を日本語で紹介しているのは、卑怯でしょうか?

確かに、看護師経験が少なく、主にNPとして働いてきた私が、看護師の気持ちを代弁するのはおかしいですよね。でも、私は看護師の気持ちを代弁しているつもりはありません。私は看護師であり、NPであり、私の気持ちや、私が見つけたデータを、「海外のNPの意見が聞かせてください」という日本の依頼に応じて、私なりに紹介しているだけです。 あくまで「アメリカでは___となっています」という例を提示したり、記事を紹介したりしています。日本の医療システムに関しては、素人ですし、それは講演で繰り返し言っていることです。

それに、どうやったら誤解されたのかよく分かりませんが、看護婦を見下している気持ちなんて全くありません。特に、日本の看護師さんの働きぶり&心のこもったケアの仕方には、アメリカと比べていつも感心しています。(個人的に、おじいちゃんが大変お世話になりました。)

「アメリカのシステムが悪いところもいっぱいあります、そのまま真似しないでください!日本の現状のいい部分を伸ばす形にしてください。日本は、アメリカに真似できない良いところがあります」というのが、今まで講演の中で繰り返し、繰り返し、述べてきたのですが。。。なんだが、その部分は、受け取っていただけていないような感触は、いつも、あって、もどかしいです。

最後になりますが、「看護婦」と書いているのは医療関係者でないからだとは思いますが、「看護」がこの専門職に対する正しい呼称です。日本で働いている看護師の方々に対して失礼なので、正しい名称を使ってくださいね。

家を出なきゃいけないので、取り急ぎ、お返事まで。

なぜ女性は未だに、キャリアと家族、両方を手中にすることができないか?

Facebook上で、ちょっと評判になっていた記事がある。The Atlanticという雑誌の記事で、"Why women still can't have it all"(リンク)というタイトルだ。

長い記事なので、かいつまんで、最初の部分だけ日本語にして書いてみると:
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なぜ女性は未だに、この新しい時代になってさえも、キャリアと家族を完全に両立させ、両方を成功させることができないか?いや、たまにいても、なぜそれは非常に稀なことなのか?もっと普通であってもいいのではないか?
と、呼びかける、重要な記事である。著者は、アメリカ合衆国国務省の、外交政策部の部長という超エリート。2年間のプリンストン大学からの休職を取って、非常に高いその地位に就いた。女性としてこの仕事に就くのは自分がはじめてだという。

オバマ氏開催の重要なパーティーに出席しながら、学校でトラブルを起こしがちな14歳の息子のことが頭を離れない。2年間が終わってプリンストンにいる家族のもとに帰ると、「あなただけはワシントンDCに残って、大きく貢献しつづけてほしかった」と様々な女性に残念がられた彼女。確かに、ワシントンD.C.に残ればさらにキャリアを伸ばす機会ではあった。しかし、プリンストンに帰るのが「簡単な仕事」な訳ではなく、もちろん、教授として、生徒たちを教え、多くの著書を出し続け、一年に40−50回ほど講演をする、バリバリのキャリアを続けているのである。でも、研究者である夫と二人の息子の比較的近くにいられる。息子たちのそばで、母親としていることができる。

著者は、女性はキャリア/家族と、すべて手に入れられると信じている。でも、今のアメリカのシステムでは、そのためのサポートが不十分であると訴える。多くの女性たちは、「今の時代ならば、頑張れば、両立はできますよ」と単純化されたメッセージを耳にするばかりだ。

今60-70代のアメリカの女性たちは、職場で当たり前のように女性として差別を受け、「男性とまったく同じになること」でしか、自分を証明することができなかった世代だ。逆に、30代の女性たちは、「尊敬できるロールモデルがいない」と訴える。とりあえず子供を産んでおいて、ナニーさんに任せっきりにしたまま、がむちゃらに働く?
ある研究者は、「教育の男女平等化が進み、歓迎されても、子育てとキャリアを両立させるには立ちはだかる実際的な壁について、正直なディスカッションがなされていない」と警告を発する。女性の「幸福度」を測ると、1972年と比べても、男性と比べても、現在の女性の「幸福度」は落ちてきている。

著者は、私たちがよく耳にする「半分だけの真実」について書いてある:
ー決心があれば、努力をすれば、両立は可能だ。(両立できなければ、努力が足りないってことか?)
ー理解ある人と結婚さえすれば両立は可能だ。
ー「順番」に気をつけて、子供を産むタイミングさえ間違わなければ大丈夫。(しかし、30代後半や40代前半で産むと、まさにキャリアを最高に伸ばすべき50代で、子供たちがティーンエイジャーとなり、子供たちと時間を過ごすのが、重要な時期と重なってしまう)

実際に、うまく両立できている人もいるが、それらの女性を見てみると、IQが150以上の本当の天才であったり、つまり、一般女性が真似できるようなものではなく、しかし、「ほーら、頑張ればできるでしょ」と安易なメッセージを一般女性を受けるばかり。。。

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。。。と、非常に興味深いことが書いてあるのですが、やはり、もっと政策立案者や、パワフルな会社のトップなどに、意図的に女性を増やしていかないと、社会は変われないのではないか、と思います。でも、それらの女性が、もし家族を欲しいと思った場合、どうするのか?進んでいるようで、矛盾も多い、そんなアメリカ社会の今を、正直に、うまく描いていると思います!!!

これを、知り合いのNPの方に送ったら、素敵な返事をいただきました。彼女は、現在は休職して、月に数回per diemとして働くのみで、ほかの日は子育てに専念されている方です。アメリカに住んで、日本人のダンナさんと暮らしています。彼女の許可のもと、メールをコピペします:

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Why women still can not have it all, 2人のちびモンスターがばったん、がったん、ぎゃーぎゃーしている隣で、ほんとうに興味深く読みました。私はキャリアをつもう!と考えたことはないけれど、やはりNPの仕事もやればやるだけ面白いし、勉強することはたくさんあるし、そしてなんといってもとてもDemandingな仕事には変わりありません。記事を読みながら、そうかあ、今後15-20年のスパンで育児と仕事の両立を考えていかなくっちゃいけないんだなあ、と思わされました。私は子供が小学校に入ったらもう仕事に打ち込んでも良いかも、と考えていたので…甘かったです。

私の母(数学教師)はそれこそ、1960-70sのWomen's Live (ウオーマンズリブ?)の世代で、子育てを理由に仕事ができないなんて!という感じで、父もそれはもう家事から育児まですべて平等にやってる家でした。でもその両親が子供(私と妹)が大人になったときに母が言った事…「父さんの一番の業績は2人の子供をとっても素敵に育て上げたことだね。私はもっと子育てを楽しめばよかったなあ…いつも仕事と両方で忙しくって、あんた達がちっちゃいころのことなんかあんまり覚えていないし…」。なので私は子供が生まれてからほとんど家にいましたが、やっぱり仕事もしたい!

この記事を読んだ夜、夫と夕食後話し込み(白ワイン1本分)、彼いわく、「女性が社会進出なら男性は家庭進出しなくっちゃ、つりあい取れないでしょ。」そして、やっぱり今後20年近くはどんな仕事をしていても子供のことをちゃんと見て、近くにいなくっちゃねえ、大変だなあと二人でため息をついてしまいました。確かに会社や社会が変わるのも必要。そして少しずつ変わっているのでは、とは思いますが、いやはや、私たちが変えてかなきゃ、という気持ちを強く持ちました。改善が必要なのは日本も然り。来週から日本に行くのでそこらへんも見てこれるといいな。

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ね、素敵なメールでしょ?二人で仲良くワインを空けている風景が目に浮かぶよう(笑)。
日本でもアメリカでも、両立は難しい。(ヨーロッパの方が日本やアメリカより簡単そうですが、知らないのでおいといて。。。)
でも、女性も、(そして忘れちゃいけない!男性も!!!!!)キャリアを持ちつつ、家族(もしくは、シングルや子供の欲しくない人は、自分の友達や趣味などの人生)との両立を目指せるはずだし、目指すべきなんだ!両立を目指す(PURSUIT OF HAPPINESS AND BALANCE)を自分の人生における、まっとうな権利として、主張しちゃっていいんじゃないかな。みんながそう思い始めたら、社会ももっと変えられる。
犠牲が美徳、の日本文化を批判しているわけではなくて、犠牲を出してそれで自分&周りもハッピーならそれでいいんだけど、そうじゃない時代になってきている気がするから。

女性も、男性も、貪欲に幸せを目指そう。もちろん、学歴や給与の意味の幸せじゃなくてね。それは、好きな人を愛する幸せであり、自分でしかできない仕事をできる幸せであり、自分の信じる団体にお金を寄付したり、たまに好きーなことをする時間がある幸せ。
人間はより幸せな方が、お互いに優しくできるしね。


チーム医療維新!ウェブサイト

6/20 日経の夕刊に出た記事!

「看護師 活躍の場 広げよう」

特定看護師の広瀬福美さんが、医師の横で、患者への説明や、薬剤の変更、胃ろうの交換などを、介護老人保護施設でやっている様子。糖尿病外来でじっくり患者の声を聞く、特定看護師の福永ヒトミさんの様子など。みんな、頑張ってるなあ。

会員しか、読めないけどーー>
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFE1500Z_V10C12A6WZ8000/

被災地での、訪問看護師一人開業

前から、応援させていただいている、震災の後は被災地で非常に素敵な活躍をされている、ボランティアナース キャンナスの会。その会長菅原由美さん、格好良いです〜 &とてもいい人。菅原さんが進めている、「開業看護師を育てる会」は、医師会の理由なき反対にあっていた。本来は、看護師が__人以上、など訪問看護ステーションは開業の条件がすごく厳しく規定されていた。看護師の数が少ない過疎地でも、本当に在宅医療が必要な高齢者の方を助けられるように!と「一人開業」を進めていたのだが、東北大震災の被災地に限ってということで、ようやく厚労省から特例の「訪問看護師一人開業」の許可が下りたとか。

東洋経済新報社『週刊東洋経済』2月25日号に『災害弱者への新たな支援策「訪問看護1人開業」が高齢者の孤立を防ぐ』と、掲載されたらしいです。私は手に入らないけれど、日本にいる方、興味があれば、ぜひ読んでみてください。

特定看護師、エビデンスなき反対意見は聞き飽きた

FACEBOOK上、医療/介護ニュースのキャリアブレインの記者の方が、特定看護師に関する意見をつのっていた。そしたら、「必要性がわからない」「現場が混乱する」という反対意見が列を成していた。ので、下のようなコメントを書き込みした。怒。

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特定看護師は必要か、必要でないか、という問いは愚問です。日本の医療現場は今のままだとダメだと誰でも感じている。それでも細部(具体的な策)の話に移ると、「うーん必要でないのでは」というエビデンスを欠く、かつ消極的な意見を言う人がいる。 変化が怖いのは当たり前です。

今は、優秀な看護師が、現場に留まって上へ上へと登れる道がない。能力があるけれど、管理職でなく、教育でなく、より高度な知識を得て独立して患者に関わりたい看護師はどうするか?海外に出ています。そうやってアメリカでNP(ナースプラクティショナー)となり、今は診断、処方もこなし、能力に見合った尊敬を受けている日本人の人にたくさん出会っています。日本が看護師職の今まで通りの「天井」を固辞することは、優秀な看護師というかけがえのないリソースを日本国民がなくしていくことでもあります。

1960年代にアメリカのNP制度も、医師、看護師に反対を受けましたが、少しずつエビデンスで医師と能力の変わらないことを証明していきました。今は、多くの患者は、問診能力に長け、看護師らしい気遣いのできて、診断能力のあるNPにかかるという選択肢があります。ちなみに、このような看護師の新職の確立は 先進国だけでも、オーストラリア、カナダ、韓国、イギリスと、最近世界各国に広がっています。「うーん、現場は今のままの方が、分かりやすいし、変えないで、このままやってみようか」と言うのは容易い。けれど、それが長期的な目で見て日本のため、患者さんのためになっているのかどうか、いま一度考えてみて頂きたいと思います。

緒方さやか  ニューヨーク州 成人科/婦人科NP
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