誰かを訴えたかったら

訴訟社会、アメリカ。
こんな広告をよく見かけます。
この薬を妊娠中に飲んでて、赤ちゃんに何か問題があって産まれた場合は、今すぐ電話を!!!

「勝訴するまでお金は要りません」で多くの人を集めている。似たようなケースで---ドルなど金額を大きく書いある広告もある。
患者の権利は大事だけれど、正義を建前にお金儲けを狙う弁護士事務所の数々には、辟易です。

マツキヨの中にミニ医院ができたら?

RETAIL CLINIC, CONVENIENCE CARE CLINIC (CCC)とも呼ばれるものが、ご存知、アメリカではここ数年急に出没している。要するにマツキヨは西友の中で、小さな部屋が区切られていて、その中で診察が行われると考えてほしい。営業時かンももちろん長い。中で診療する人は一人。
CCCはどんどん広がっている。そこで働く人は、主にNP。新卒が足慣らしに務めることが多いと聞いたことがある。そこで、CCCについて問い合わせのメールが来て、答えた、そのメールを下に載せます。

1)CCC=NPなのか?

NPはCCCであってもなくても、州の法律が許せば開業できます。NP=CCCでは全くありません。
ただ、NPの方が人件費が安いのと、CCCをやりたがる医師がいないのとで、CCCのほとんどはNPを採用しています。
医師を雇っているチェーンも存在しています。(実際かかったことがあります。ひどい医者でしたが)


2)どのような症状を主に治療しているのか

糖尿病や高脂血症アトピーなど慢性的に投薬が必要な疾患には全く対応していないと聞いています。ウェブで「メニュー」が見られますよ、そこに載っているものしか診ていないと私は聞きました。
保険がない人が、医院に行って咳止めをもらうと、大体$100かかりますが、CCCだとそれが$40で済んでしまう。その代わり、風邪のついでに血圧の薬を出してくれたりはしない。

3)どのような層が利用しているのか
多分、お年寄りはあまり来ないんじゃないでしょうか。保険のない人にとって特に便利といわれますが、実際はCCCにかかる患者の社会層は様々だと思います。アメリカでは普通のクリニックは予約制で、CCCは予約制でないという取り柄があるので、両方使用している人も多いと聞くので。


4)利用者の意識

お年寄りでは、「医師がいい」という人は医院でも多く、そういう人は医師にかかればいいんです。自分が好きな人にかかればいい。逆に、医師じゃなくて、NPがいいって人もいる。でも大半は、丁寧に診てくれて、知識があれば、NPでも医師でも構わないんですよね。CCCに来るような、「利便さ」を求めている比較的若い人たちは、医師ということにこだわりを持っていないのでは?と思います。

あと、アメリカでは診療する人が医師以外にもNP、PAと色々あるので、自分を診てくれている人が医師かどうか気がついてない人も多いと思います。


5)レントゲン等、どのような設備が常設されているのか

存じません。私が行ったところではレントゲンはありませんでした。インフルテストは受けられましたが。系列会社によって違うと思います。


興味のある人は、CCCのウェブサイトをごらんください。

NPのみでやっているチェーン

医師のみでやっているチェーン

オバマ保険医療改革法案が通った!!

わーお、下院を通過しましたね。
ペロシーは、コレを通過させるために涙を飲んで中絶は保険でカバーしないという条件を入れなきゃいけなかったそうです。
フェミニストとしては残念だけど、今のアメリカを見るとそれは当然でしょうね。

私も、もちろん、皆保険を支持していた。(保険会社と毎日のように、患者のために戦っていると、そうなるのだ)

でも、NPR(national public radio)のThis American Lifeの、保険についての特集を聞いてから、不安が募っている。コストコントロールをもっと真剣に入れないと、まずいんじゃないかって。帳尻が合わないのではないだろうか。

必要ない医療が医療コストの1/3を占めているといったって、私たち医療従事者はそれでも訴訟怖さにレントゲンやMRIを取ることもあるだろうし、患者たちも同様だろう。患者を数字の確立をもとに診断するのは、コストセービングにはなるが、良いケアとは限らないからだ。第一、訴訟の際には、もちろん審判員はレントゲンを「国全体の医療費を惜しんで」オーダーしなかった医師やNPに味方しないだろう。

うむむ。医療費が今のペースで上がり続けたら、破綻するだろう。

しかし、コストをコントロールしようとしたら、90年代のHMOのようにコストの上昇は抑えても、ごく一部の患者がひどい目にあい、それがメディアにセンセーショナルに報道されて、HMOじゃなくて今度はこの医療改革法案が「悪者」扱いされて、そして結局もとのもくあみに戻るんではないだろうか。

手放しには喜べないのである。

看護診断、謎の言語

私は、大学は生物学で鳥の研究などをしていた。その後、インターンシップは公衆衛生の分野で、それから3年間でNPになれるコースにイェールで入学した。

1年目は、1年で正看護師になってしまおうというすごいメニューで、いやはやその勉強の激しいことといったら、なんと自殺未遂が一人出たくらいだった。

その時に習った看護診断は、本当に不思議な感じがした。

クラスメートたちと看護診断についてのディスカッショんをした時、人種などに話題が及んだ。(なにしろ、社会学をベンン今日した人も、プロのバレリーナの人も、コンサルタントもいる。同級生はいろいろ面白い過去を持っていた)

マイノリティーは、自分たちのアイデンティティーの確立と、unionを狙うため、自然と自分たちの言語を形成する。だからblack englishはあのように独自の文法と言葉を発展させたとである。看護診断も同じことで、「自分たちは医師の手伝いではない。看護は看護だ」と主張する際に、自分たちの診断システムと言語があった方が都合よかった。
とは、同級生の説。面白いなと思った。

医療が高度化していなかった昔は、確かに看護の幅は狭く、看護診断で間に合った。そしてもちろん、医療の中における医学と看護というのは、重なり合う部分もあるが、別個の部分も多かった。

現在では、看護は医学化し、また、(大変よろしいことに)医学の一部も、「看護化」というか、ケアの部分に重点が置かれ始めている。

だからこそ、看護診断だと間に合わなくなってきた、感もある。

自分はNPなので、もちろん医学診断を使っている。学生のころ、間違えて、看護診断をSOAP NOTEのAのところで使用したら、「それは、診断ではない。ICD-9に載ってないものは、診療報酬がつかない」と怒られた。

医学診断はお金がつくから強力なのか。That makes sense too.

看護診断は、10年後、使用されているのだろうか。



看取りについて

看取りについて調べています。
州によって100%違うのですね!

ニュージャージー州:いかなる施設でも看護師が死亡確認できる。死亡診断書は医師のみ書ける。脳死の確認は医師のみ。

コネチカット州:死亡が予想される重度の患者は、医師が「死亡予想」とカルテに記入。120日ごとに更新。介護施設内で、死亡予想中の患者が亡くなった場合、看護師でも死亡を確認できるというプロトコールがあれば、看護師が死亡確認でき、死亡診断書もサインできる。

ウィスコンシン州:ホスピス患者で、医師に定期的に診察されていた場合、そのホスピスに勤務する看護師が死亡確認できる。死亡診断書は医師のみ。

ニューヨーク州:患者が「DNR(Do not resuscitate)」の場合、看護師でも死亡確認できる。DNRオーダーがない、生命維持装置使用、臓器提供者などの場合、医師が死亡確認する。死亡診断書は医師のみ。

役に立つことがあるかもしれないので書いています。というか、パワポからコピペしています。

日本でも看護師による看取り論争が高まっていますが、「アメリカでは看護師でも看取りができる」と単純には言えないなーと思いました。
ちなみに、上の情報を調べるのにずいぶん時間がかかりました。ぜいぜい。
一括して全国の情報を提供しているサイトや文献はとうとう見つかりませんでした。

さすが、州が変われば法律違うアメリカ。